自力電通あるいは自家博報堂の必要性
 
●8月10日に思ったこと
 自力電通あるいは自家博報堂の必要性
  (掲示板への書き込みに代えて) −−− 
                    姫野カオルコ

コメント:
 りと様、活動、ありがとうございました。
『本当に売れなくて、と言ってたのが解った気がする。名前だけ知
ってて読んだことないまま内容を決めている人が多いのかも…』
いったあたり、わかっていただけて本当にうれしい、といっては妙
ですが、本当に、そうなんです。

そして、ここ最近の掲示板の濃い書き込みを読み、以下のようなこ
とを考えました。

ヤンソンサイトのほうに新しくアップされた『筆名の耐えられない
軽さの重さ』のとおりの理由と経緯で私は筆名の名前の部分をカタ
カナにしましたが、この字面はすごく印象に残ります。メリットで
はあります。しかしその反面、デメリットもある。

たとえば、女性向けファッション誌で『燃えるような恋は不倫だけ
に残る?!』といった特集がされたとします。
そして大きく特集タイトルが印刷され、現代女性の恋愛模様や恋愛
観を紹介する文が載って、夜景やムードのある部屋、カクテルとい
った写真がぱっぱっと載ったとします。

そのはしっこのほうで私が
「不倫という語が妻帯者と独身女性の恋愛のみを指すのはおかしい
ではないか。どうも近頃は時代劇でも、食べれる、などという岡っ
ぴきが出てくるので気になってしかたがない。燃えるような恋もよ
いが、美しい母国語にこだわることも大事ではないか」

とコメントしていても、雑誌を見た人には「姫野という人が不倫の
恋のところに出でいた」という印象だけが残るものです。

雑誌を見るときのスタンスが、そうなってしまうのです。いちいち
精読しないから。だから、やがては、姫野=燃える、カクテル、不
倫、夜景、といったイメージだけが残ります。名前に印象が強いぶ
ん、こうなる危険は大です。
      *
さて。昔、新井薫子というアイドル歌手がいて、いったん引退なさ
ったのか休業なさったのか、見かけなくなり、すこし前にアーティ
ストという肩書でカムバックしました。カオルコという名前で。桜
沢エリカさんの模倣のようなイラストを描いて、ポエムを朗読しま
した。正確に再現できませんが、まあ、
「猫とあたしはシェリー酒の陰でかくれんぼしていて、明日は魔女
になるの」
みたいなやつです。

『月刊カドカワ』という雑誌がありました。ミュージシャンが小説
やエッセイを寄せるのをウリにしていた雑誌でしたが、日本文芸家
教会理事の作家や、際限なくクリアに近いロック小説で華麗にデビ
ューした作家や、足の指が変形したので修行する小説がベストセラ
ーになった作家も小説を寄稿している雑誌でもありました。つまり
文藝業界の人も目にすることは多かったであろう雑誌です。
元『海燕』の編集長が編集長だった雑誌ですから、そういう面もあ
ったのはしかりだったんです。

で、そこでカオルコさんは、桜沢エリカものまねのイラストと、 
「猫とかくれんぼしていて魔女になる」式ポエムを毎回、トップペ
ージで披露なさってたんです。ポエムとイラストにはでっかくカオ
ルコというサインがついてました。

「これは……。これでは、文藝業界の人は、私(姫野)が、これを
書いてると思う……。う、ううむ……」
と、私は思ったものです。

それから、このカオルコさんのほかに、ダンスをするカオルコとい
う方もおられるようです。新しいフラワーアレンジメントの先生を
なさっているカオルコという方もTVで見たことがあります。
みなさん、名字なく、カタカナでカオルコです。

私も含め、再デビューした元アイドルのカオルコさんも、ダンスの
カオルコさんも、フラワーアレンジメントのカオルコさんも、有名
ではありません。すこし知っている人がいる、というくらいでしょ
う。だからこそ、なんか全員を混同してしまっている人がとても多
いと思います。桜沢エリカと姫野カオルコを混同している人もいる
のです。同一人物とは混同しなくてもイラストレーターだと混同し
ている人、多いんです。げんにイラストの注文が来るのです。

ましてや『月カド』が果たした混同効果は大きかったはずです。イ
ラストレーターで小説もちょっと書く姫野カオルコが『月カド』に
ポエムとイラストを載せているという混同誤解効果は。

そして、姫野の小説は一字たりとも読まれずして、「ああ、姫野カ
オルコ、名前は知ってる。その小説?」と考えてその人の頭にわく
イメージは、カクテル、夜景、恋、フィアット等々。

私の小説が事実そういうかんじなら、イメージだけが多少先行した
ところで、あまり問題はありません。イメージというのは、どのよ
うな人、商品、作品に関しても、実体とはややズレがあるものだか
らです。

しかし、私の場合、まったくズレてしまいました。
鴨と雁、蛾と蝶、バッタとすずむし、くらいのズレではすまない。
カラスとあらいぐま、トマトほうれんそう、これくらいのズレが
生じてしまっています。ひどいときは、いちご長靴くらいまちが
えておぼえている(思い込んでいる)人がいるくらいです。
ハアーッとためいきをつく夏の日。

馳○周さん。馳さんの名前を知っていて読んだことはない人はいる
でしょう。なぜ読まないかそのわけとして「わたし、暗黒街の話っ
てなんだか読んでるだけでぶっそうな気がして、それで…」なら、
ご本人も「まあ、しかたがないね」と思うのではないでしょうか。

山田○美さん。山田さんの名前を知っていて読んだことがない人も
いるでしょう。なぜ読まないかそのわけとして「俺、どうもその、
大人の恋というか、そういうのはぴんとこなくてさあ。自分が時間
なくて旅行できないから、せめて本読むときくらいどっかの秘宝を
探しに行くような話が好きでさあ」ならご本人も「まあ、趣味は好
き好きだから」と思うのではないでしょうか。

私も、私の名前だけ知ってて読んだことなくて、読んだことないわ
けとして「なんだか理屈っぽいかんじして、ちょっと手がひいてし
まって……」なら、しかたがないと思ったあとで、なんとかそうい
う人にも親しみやすいようにする工夫をしましょう、とかなんとか
思えるのです。
                       
ですが、馳○周を読まないわけとして「わたし、グルメ旅行記みた
いな小説って興味なくて…」とか、
山田○美を読まないわけとして「俺、犬の名探偵が謎を解くような
ユーモア推理小説よりは、もっと本格的なトリックを駆使したやつ
のほうが好きなんだよ」だったら?

さぞかし馳さんも山田さんも「?!」と思うと思うのです。
ハアーッと深いためいきをつくと思うのです。そこには作品の質や
創作の悩みといった次元の話ではない「ハアーッ」があります。
  *
自分の作風、資質を、冷静にながめれば、私は大それた「部数」が
「売れる」とは思いません。自分の作風と資質なりに売れてくれれ
ば。ぢみに創作をつづけていければ。それくらいを願うのみです。
ですが、本というものは商品である以上、ぎりぎりでいいから商品
としての売れ行きを保たないと、次の本の出版があやうい。これは
資本主義経済の当然の理屈です。

CDやゲームの売り場に追われ、文庫の棚がどんどん減ってきてい
る現在、文庫界は氷河時代と言われています。この15年のように
「待ってればすぐに文庫になる」というようすは変わりつつあり、
「確実に売れる人」あるいは「なにかの賞をとったり権威を確保し
た人」のみが「商品」になりえるのです。私はどちらの条件もみた
していません。なぜみたさないのか、その理由や、みたすための方
法を考えることは、ここではまた別問題です。

私が今、問題視しているのは、「今のままであと数千売れるところ
を、売れないですましている」ことです。この原因の大きなひとつ
こそ、上記に示した誤解というか混同にあると思われてなりません。
いたるところで説明してまわる方法もありましょうが、労多くして
報い少ない気がします。

なぜなら、思い込んだものに対して、それも思い込んで興味がない
と思ったものに対し、人が気長に聞く耳もつとは思われない。
私はプロダクションに属しているわけではありません。セールスの
方法をじっくりと考えてくれる安室奈美恵の小室さん、モー娘のつ
んくのような人はいないので、そこで、乏しい知恵で考えたのは、
「ヒメノ式」というキャッチフレーズです。

*  

ヒメノ式。これは『禁欲のススメ』だったかなあ、なにかを出すと
きに、文庫の裏のキャッチコピーに使ったフレーズでした。

ここのところの掲示板の書き込みの濃さはすごいものがあって、ど
の方の意見にもなるほどとうなづくのですが、キャッチコピーとな
ると「ヒメノ式」がいちばん短くていいように思います。

「ヒメノ式? なにそれ?」と「よくわからないけどひっかかる」
文句に思います。

文芸評論家に斎藤美奈子さんという方がおられます。当代きっての
才女のひとりですが、ミス・ミナコ・サイトウ(元祖・叶姉妹路 
線)と混同されることがありました。実は私も、混同はしていなか
ったけど同一人物と思っていました。
誤解が解けたのは、略歴を見て。ごく短い略歴でした。
「さいとうみなこ・19××年新潟県出身。職歴や文筆歴などの紹
介。著書紹介。ミス・ミナコ・サイトウとは別人
といったもの。
この、ほんとに短い「ミス・ミナコ・サイトウとは別人」で、誤解
が解けたのです。

「姫野カオルコの小説?  読んだことないなあ。どんなの?」
と聞かれるような機会がもしあったら、
ヒメノ式文学の人よ。ふしぎ少女のポエムを書いてるカオルコと
別人
このひとことの説明がいいのではないかと。

「ヒメノ式文学ってなんだよ、それ」
と、さらに聞かれたら、
「都会のしゃれたバーで恋をして、外国車でブッブーと埠頭に行っ
ちゃう小説と反対の小説よ」
と言うとすごく短くてすむのではないでしょうか?
とりあえず、このキャンペーンが先なような気がします。
                         (END)
 

(c)Himeno Kaoruko 2000 禁無断転載
 

 

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