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姫野カオルコ さん インターネット寄稿 

『新刊ニュース』12月号掲載の近況エッセイより補筆

近況エッセイ(インタネットサイト版)

      
                    姫野カオルコ
 

 ここ四、五年というもの、病気つづきであった。手術やら入院や
ら通院やら、うっとおしいことかぎりなく、やっと治ったと思った
ら、また新たに悪いところが出てきやがるというしまつ。
すっかり「身体の弱い人」になってしまっていた。

 小説家にしてはめずらしく、スポーツが得意、というプロフィー
ルを誇っていたのに、これではあの夢もかなうまい。

あの夢とは文士運動会である。
文士劇があるのなら文士運動会があってもよかろう。「文化祭だけ
でなく体育祭もしようよ、だってワタシが目立てるジャンルは体育
しかないからさあ」などと、しじゅう周囲に提案していたのだが、
だれひとりとして乗り気になってくれる人はいなかったから、夢か
なわずともとくに問題もない。

 あちこちの雑誌でコラムを連載していたのだが、それは全部おろ
させていただいた。
コメント取材も対談もずっとおことわりしつづけた。

 すると気づいたことは、自分はけっこうなストレスを抱えていた
のだなということである。

 小説とコラムというのは、同じ文章を書くのでも、集中の質がま
ったくちがう。
いわば100メートル走とマラソンとの両方の種目で競技大会に出
場していた運動選手のようなことをしていた。
こんなことをしていては、そりゃ身体に負担がかかるというもので
ある。

 だいたい私はエッセイというものが、読むのも嫌いだが、自分で
書くのはもっと嫌いである。大大大大大大大嫌いといってもよい。
ほんと、大嫌いだ。

 自分の身辺には綴るようなできごとがさしてないからである。
 自分自身も自分自身の身辺にさして興味がわかない。

 だから構成と構築にいちじるしい時間を要する。掲載媒体雑誌の
個性や読者層も考慮する。
別人格になって書く。

 ほとんど小説である。にもかかわらず、事実であるという枷がエ
ッセイにはあるから、書いていると苦しくてならない。

 小説は苦しくない。むろん作業としての困難を、苦しいというの
であれば苦しいのだが、それは自分のキャラクターを歪める苦しさ
ではない。

 苦しいのはいやだから、ゆえに、エッセイではなくコラムを書こ
うとしてきた。
 となると、コラムにはコラムの技術が要求される。
集中力が小説とはまったくちがう、と先に書いたのはこうした意味
である。

 ところが、世の中にはコラムではなくエッセイが好きだという人
がかなりいる。
 コラムは、あるなにかについて観察と分析をふまえながら批評し
たもので、エッセイは、書き手の私記。

 小説よりもエッセイを好んで読む人は、とても多い。
小説が好きな人より多いくらいではないか。
なので、出版社も、コラム集を、エッセイ集となづけて売ったりし
ていたから、市場ではエッセイとコラムの区別がはっきりしていな
いのが現状ではある。

 好きな人の多いエッセイだが、ところが、「エッセイが好き」と
いう人の大半は、凝ってないエッセイが好きである。

 凝ってないとは、くだらないということではない。
 構成が凝ってないということである。
 自分の私生活をそのまま、すんなりとした構成で綴ったエッセイ
ということである。

 だが私生活をそのまま綴っておもしろくなるのは、よほど特殊な
環境にいる人で、たとえばだれもが知っている芸能人とか、ふつう
の人はめったに経験しないことを経験した人とかである。

 こういうエッセイなら、もちろん読んでもおもしろい。すべての
エッセイ(あるいは、エッセイという形態)が、嫌いだと言ったの
ではない。
 そして、こういうエッセイならおもしろいのだからこそ、私は自
分でエッセイを書くのが嫌いなのである。

 私はいたって凡人で、とくに綴るようなできごとが日常になにも
ないのである。

 某山某太郎という作家がいたとして、某山某太郎氏の愛読者にと
っては、某太郎氏が「どうということもない日常の身辺雑記」を書
いたとしても、たのしんで読めるだろうが、某太郎氏も、それが一
般商品としてはなりたちにくいことをよくわかっているはずである。

某山某太郎氏の小説がとても売れているなら、「どうということも
ない日常の身辺雑記」も一般商品としてなりたちやすく、まあまあ
売れているなら、まあまあなりたちやすく、そんなには売れてなけ
れば、そんなにはなりたたず、売れてなければ、まずなりたたない、
と、こういうことである。

 私はこれまでに、コラムの形態で書くことは、既刊のコラム集で
もう書いた。
 べつに「書きつくした」「もう書かない」とは思わないが、しば
らくは短距離と長距離の二種目でプロの競技大会に出場するのはや
めようと思っている今日このごろである。

 
                    text 姫野カオルコ
 
 

 

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